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中国電力が大動員をかけ、埋め立て工事を強行

以前にシーカヤックで訪れた、瀬戸内海の上関原発建設予定地で、埋め立てが強行されようとしています(祝島島民の会blog)。この写真が、独裁政権ではなく、民主国家の日本で撮影されているとは信じがたいことです。

人口が減少し、電力消費も減っていく将来が予想されているにも関わらず、強引に原発建設が進められようとしています。この上関原発が建設されてしまったら、どのようなことが起こるのか想像してみて下さい。

-多くの稚魚の生命を育む貴重な海が埋め立てられ
-1000年以上続く祝島の文化を壊し
-消毒液を含む膨大な温排水を瀬戸内海に垂れ流し
-何万世代先になっても消えることのない核のゴミをつくりだし
-大事故が起これば、日本は人間が住めない国になるリスクを負う

日本人なら、瀬戸内海を知らない人はいないでしょうし、ほとんど人は海産物などの恩恵を受けているはずです。これほど大きく、身近な出来事にも関わらず、大新聞やテレビでは全くと言っていいほど報道されません。この状況を知る人が増え、少しでも行動を取る人が現れれば、きっと変えられると信じています。

現地に集まって阻止行動をしている人達を、心より応援します。

農的暮らしの研修・木を切る

今回の研修でチェーンソーの使い方を教わり、初めて本格的な木の伐採を経験しました。エンジンの扱いは、刈払機で慣れていたおかげで、お手のもの。しかし、チェーンソーは、チェーンオイル、テンションの調整、刃の砥ぎなど、いろいろメンテする場所が多く、扱いはやや難しくなります。

伐採自体は、至って簡単。倒れる方向をコントロールするためにロープを張り、倒す側の木の根元に切り込みを入れてから、反対側を切断します。数十年の年月をかけて成長した木を、10分もかからずに倒すことができます。

1本の木を倒すことで、土や、周りの木々や、この木を頼って生きてきた膨大な命に、計り知れない影響を与えていることでしょう。しかし、このチェーンソーのスピードと爆音は、それをじっくり受け止めるだけの余裕を与えてくれません。

人間は、自然に対して、どれ程の無神経さが許されるのか。時々立ち止まって、考えてみる必要がありそうです。

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農的暮らしの研修・炭焼 その2

炭焼窯に詰めた薪に火を入れてから3日、いよいよ炭の作製工程の最終段階です。300度弱でいぶされた薪は、揮発分がすっかり抜けて、ほぼ炭素分だけになっています。これをかき出して温度を上げることにより、残った揮発分を飛ばすと同時に、炭が締まって硬度が上がる効果があるそうです。ご想像の通り、猛烈に熱い作業で、冬というのに汗びっしょりになってしまいます。
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その後、炭火の上に、湿った砂をかけて、消火します。十分冷えたら、ふるいにかけて、炭と砂を分離し、乾燥させると炭の完成です。できた炭は、元の薪の10分の1程度の重量になってしまいます。本来、炭というのは、大変な手間暇がかかった貴重品なのです。
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農的暮らしの研修・味噌作り

少しずつ日が長くなり始めるものの、まだ厳しい冷え込みが続く2月。

今は、
 昨年収穫した米や大豆の乾燥、脱穀が終わる時期。
 低温低湿で、雑菌が増えにくい時期。
 春の到来を待ちながら、ゆとりの時間を過ごす時期。

そんな2月は、味噌作りの最適期です。

今お世話になっているコミュニティーでは、およそ2、30人分の自給と、外販のために、大量の味噌を仕込んでいるところです。蒸した米を発酵させて米麹とし、大釜で茹でた大豆をすりつぶし、塩を加えて樽に詰めていきます。材料、燃料、加工、その全てを自分で賄えるということは、絶対的な安心を確立したということです。

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農的暮らしの研修・炭焼

今週から、筑波山南麓にある農をベースとしたコミュニティーで研修を受けています。2月中旬の現在は、まだ露地の種まきには寒過ぎますが、この時期にしなければならない仕事はいろいろあるのです。
初日は、施設の一角にある炭焼窯に、材木をセットしました。この後、火入れをして、炭、灰、木酢液などが作り出される予定です。少し前の日本では、炭とその副産物は、生活の様々な場面で利用されてきました。その材料を供給してくれる里山は、ムラの人達の手で奇麗に整備されていたはずです。
今では、そんな森との繋がりはすっかり失われてしまいました。しかし、少なくともその知恵は、100年後、1000年後まで引き継いで行く必要があると考えています。なぜなら、その頃には、地下資源を掘り尽くし、人間が利用できるエネルギーは、薪や炭だけになっている可能性だってあるのですから。
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